伏見・醍醐方面

醍醐寺

醍醐を服すれば衆病皆除かれる

醍醐寺は、真言宗醍醐派総本山の寺院。山号を醍醐山(深雪山とも)と称します。本尊は薬師如来、開基は理源大師(聖宝)です。古都京都の文化財の一部として平成6年に世界遺産に登録されています。伏見区東方に広がる笠取山に200万坪以上の広大な境内をもつ寺院です。春には境内に秀吉が移植させ、有名な醍醐の花見を行った多くの桜が咲き誇り、多数の観光客が訪れる桜の名所です。また五重塔は市内最古の建造物です。

醍醐寺仁王門

写真では分かりにくいが、仁王像は優しい表情で、厳めしさがない

醍醐寺の歴史

874年(貞観16年)各地の山で修行をしていた聖宝(後の理源大師)が、深草の東の山を眺めると、五色の雲がかかっていました。雲に導かれてこの山に登り、笠取山の頂で老翁に出会う。老翁はそこに湧く水が醍醐味であると教えてくれます。聖宝が飲んでみると確かにうまい。聖宝が精舎を建てる地を探しているというと、老翁は「私はこの土地の地主神(横尾明神)だが、この土地をあなたに差し上げて、私は精舎の守護神になろう」と聖宝言いました。そこで泉のほとりの柏の木を刻んで作った准胝、如意輪の2観音を祀る堂を建てたのが、醍醐寺の始まりとされています。寺名の起こりとなった清冽な清水醍醐水は、今も上醍醐の寺務所向かいに湧き続けています。醍醐とは牛乳を醗酵させた酥(ヨーグルトのような物)の中で最高級のもので、『涅槃経』では『醍醐を服すれば衆病皆除かれる』とあり、聖宝はここの泉の味わいを酥に喩えたところから、地名及び寺名になりました。

醍醐寺五重塔

五重塔全体が白っぽく、東寺のような重厚さが無い

寺は907年(延喜7年)、醍醐天皇の御願寺となり、薬師堂(現在の建物は1124年(保安5年)の再建)、五大堂などが建てられたら913年(延喜13年)には定額寺となります。聖宝が理源大師と呼ばれるようになったのは1707年(宝永4年)からで、聖宝の八百年遠忌にあたって、醍醐寺が申請し、東山天皇の勅によって贈られた大師号です。聖宝についてあまり詳しい事は分かっていないようで、少年期に東大寺で修行をした事が分かっているぐらいです。山上の伽藍がほぼ定まると、勅願で山麓に釈迦堂(金堂)が建立され、講堂の建立が相次ぎました。五重塔は朱雀天皇が父の醍醐天皇の冥福を祈り、15年の歳月をかけて建てられた創建時のもので、応仁の兵火を免れました。この建物は京都市内では、最古の建物になります。下醍醐一帯に多くの子院が建つと、三宝院、報恩院、金剛王院、理性院、無量寿院の5門跡が交代で一山をまとめる座主を務めるようになります。室町時代には73世満済以来、三宝院門跡が代々の座主を出すことになりました。足利将軍家の援助を受け全盛期を迎えましたが、応仁の乱で下醍醐のほとんどの伽藍が焼失し、上醍醐も荒廃します。荘園も失い寺勢は衰えました。

醍醐寺金堂

金堂は秀吉の権勢を威光として、紀州湯浅の満願寺から無理矢理移築された

伽藍の復興は、室町末期、80世座主義演のもとで急速に進みますが、豊臣秀吉が果たした役割は非常に大きい物があります。金堂や三宝院、上醍醐では開山堂などが再建されます。秀吉は1598年(慶長3年)3月15日、有名な醍醐の花見を催します。このとき秀吉はこの花見のために近畿各地から、700本の桜を移植させています。江戸時代になると、開山の聖宝が金剛、葛城や大峰などで修験の練行を積んだことから、修験道当山派として発展しますが、明冶5年(1872年)に、修験宗が廃止されて寺は真言宗に帰属、現在は醍醐派本山になっています。不幸なことに平成20年8月24日の落雷の火災により、上醍醐の西国三十三観音霊場第11番札所の「准胝観音堂」がほぼ全焼しまいました。

醍醐寺の散策

醍醐寺薬師堂

上不動堂は簡素な佇まい

醍醐寺の正面玄関は総門ですが、実質的には西大門(仁王門)になります。西大門は1605年(慶長10年)に再建された建物で、両脇にある仁王像は平安後期の作品です。この仁王像はどこか優しげで、広隆寺にある仁王像のような厳めしさがありません。ここから長い参道を歩くと金堂があります。金堂は、秀吉の権勢を威光として、紀州湯浅の満願寺から無理矢理移築しました。堂内に安置されている薬帥如来と両脇侍像は鎌倉時代の作ですが、ここの薬師如来の表情は他の醍醐寺に安置されている仏像に比べ、趣がかなり違い、違和感があります。金堂を出て南を向くと五重塔があります。この塔は951年(天暦5年)に完成し、高さが38mあり、京都市内では最古の木造建造物になります。初層内部に極彩色で両界曼荼羅と真言八祖図を描きますが、公開されていません。東寺の五重塔に比べて白っぽく見えるせいか、少し威厳さに欠ける気がします。ほかにも下醍醐には御影堂、清瀧宮本殿、不動堂などがあります。先に書いたように平成20年8月に落雷により准胝観音堂が全焼してしまいました。このため醍醐寺の取材時に上醍醐に参拝出来ませんでした。参拝が許可されれば、再度上醍醐に参拝して、ページを更新します。

アクセス

〒601-1325 京都市伏見区醍醐東大路町22

TEL  (075)571-0002

地下鉄東西線「醍醐駅」2番出口より徒歩10分

拝観料  600円、  中学・高校生  300円(小学生以下は無料)

拝観時間 : 9:00-17:00

その他詳しくはホームページをご覧下さい

ホームページ  : http://www.daigoji.or.jp

記事の内容は2008年11月の取材時のものです

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