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京都御苑は、京都御所・仙洞御所・京都迎賓館を含む面積約63haの国民公園で、広大な敷地は京都市民の憩いの場所になっています。中でも京都御所は東京に遷都されるまでは歴代天皇の住まいであり、歴史上重要な舞台です。

京都御所紫宸殿

紫宸殿は御所では最も重要な儀式の施設

 京都御所の歴史

歴史的には794年(延暦13年)、桓武天皇の命により定められ平安京の内裏は現在の京都御所から約2kmほど西にありました。しかし、度重なる内裏の焼失により、主に摂関家の邸宅を一時的に皇居とする里内裏が置かれるようになり、1227年(安貞元年)の火災以後は、元の位置に内裏が再建されることはありませんでした。現在の御所は江戸末期の1854年(安政元年)に焼失して、翌年に平安様式にならって徳川幕府によって再建されたものです。焼失以前の御所は、1788年(天明8年)に焼けて、1790年(寛政2年)完成した物で、現在ある御所とほぼ同じとされています。その時の朝廷にはお金が無く、御所を修繕するのは幕府の義務でしたが、幕府も財政的に困窮しており、幕府の方針としては焼けた跡地に仮普請の御所を造営して、その後時間を掛けて焼ける以前の御所と同じ物を建てるつもりのようでしたが、当時の復古調の朝廷の方針に押し切られて、平安朝の御所が建てられました。朝廷の要望はもっと大きな御所でしたが、敷地がないことと、幕府にお金が無いことが理由となって、現在見られる形になりました。また幕末には、尊皇攘夷の嵐が吹き荒れる中、御所も幾たびの戦乱に巻き込まれ、あちこちに当時の傷跡が残っています。特に蛤御門の周囲は、少し散策するだけでもそれらを発見する事が出来ます。

京都御所建礼門

建礼門は御所正面入口の正門。開門されるのは天皇や国賓の来場や一般公開など、特別な行事の時のみである。

現在の御苑内は緑の空間が多いのですが、それは明治維新前には見られませんでした。御所の周囲には皇族や公家の邸宅が密集していましたが、明治維新後に遷都されたときに、多くの公家は天皇と共に東京に移住したため、これらの建物の多くは廃墟となってしまいました。この光景に胸を痛めた明治天皇は京都府に対して、自らも12年間、天皇自身のお手許金四千円(現在の金額に換算して一億六千万円以上)を下賜し、御所の保全を命じました。このため京都府は土地を買収して建物を撤去し、周囲に土塁を設けて植樹などを行い、門を設置をしました。そしてこの地に御所に付随する苑地、と言う意味の『御苑』という名称を付けました。『京都御苑』の誕生です。御苑は出来た当初から開放的な空間でしたが、御所を拝観できるのは限られた人たちだけでした。1889年(明治22年)に「御所及離宮拝観者取扱内規」が制定され、拝観者の資格が規定されています。拝観資格がある者は、「皇族・華族・高等官・神仏各宗派管長および神職奏任以上、従六位以上、勲六等・貴族院衆議院議員(両議員は夫妻に限る)、金鵄(きんし)勲章功五級以上、各国公使領事、該家族ならびに公使館領事館族員に限りる、博士の学位を有する本人」となっています。拝観できるところは紫宸殿、清涼殿、小御所、御学問所となっていて特別な許可がない限り、天皇の生活の場であった御常御殿は拝観できませんでした。その後、拝観資格は徐々に緩められて、中には国勢調査員が有資格者に含まれたりしました。

京都御苑の堺町御門。
この門が御苑の正門。

京都御苑堺町御門

大正期までは御苑は比較的開放的な場所でしたが、昭和に入り、第二次大戦が近づくにつれ、天皇が神格化されるにつれ、入ったり利用したりすることが非常に困難になってしまいました。しかしそれも敗戦によって変わってしまいます。終戦直後の食糧難の時には、御苑内で食糧増産のために勝手に開墾されたりしましたが、昭和23年には全面的に禁止されました。また、占領軍の住宅施設を建設する案がありましたが、京都府議会などが「国民感情からして許されぬ」などの意見が出て、代替地として京都府立植物園に占領軍住宅が建ちました。GHQによる占領政策時に、京都府内で御苑をどうするか、という議論が巻き起こり、総合運動公園にする、と言った議論もありましたが、歴史的に非常に貴重な資産であるので、このままの状態で残すのが望ましい、との意見が大勢を占め、京都市民の意見も取り入れて、児童公園などを新たに設けて現在に近い形の御苑になりました。

  京都御所の散策

下の写真は御車寄。御所の表玄関になります。

京都御所御車寄京都御苑の多くの場所は出入りが自由ですが、仙洞御所は許可がないと見学する事が出来ません。京都御所仙洞御所は宮内庁が管理をしていて、仙洞御所はホームページから参観の申し込みが出来ます。京都御所もかつては事前の予約が必要でしたが、通年の見学希望が多くなったので、平成28年7月26日から予約なしで見学出来るようになりました。但し、月曜日と年末年始は見学できません。京都迎賓館は内閣府が管理をしていて、インターネットでの参観申し込みと当日受付(当日整理券を配布)になります。この3カ所以外の京都御苑内の敷地は環境省が管理をしていています。

諸太夫の間は昇殿を許された者が、控えている部屋

京都御所諸太夫京都御所の主な建物としては、紫宸殿、清涼殿、小御所、御学問所、御常御殿、迎春、御涼所、皇后御殿などがあります。参観申し込みで参観が許可をされて案内者が説明をする順に紹介をすると、初めに御車寄せになります。ここは御所の表玄関になり、昇殿を許された者が通る事が出来ます。屋根は檜皮葺の唐様になっています。次に見るのが諸太夫の間です。諸太夫の間は昇殿を許された者が御車寄せから上がった後で、会見をするまでに控えている部屋です。諸太夫の間は3ッの部屋からなっていて、身分よって控える部屋が違います。最も格式の高い「公卿の間」、諸侯・所司代が控える「殿上人の間」・それ以外の者の「諸大夫の間」となっています。それぞれの部屋には襖絵があり、絵の内容から「虎の間」・「鶴の間」・「桜の間」とも呼ばれています。新御車寄を通り過ぎて次に向かうのが、紫宸殿になります。紫宸殿は御所の中心的な建物で、即位の礼などの様々な儀式を執り行う最も格式の高い正殿です。大正天皇と昭和天皇の即位の礼もここで行われました。正面に18段の階段があり、そこから登り降りをしますが、もちろん一般人が登る事は許されていません。中の様子は御簾越しにうっすらと見えるだけです。内部には中央に浜床の上に厚畳2枚を敷き、高御座、その東に御帳台が置かれています。高御座、御帳台ともに高さ約5メートル、平面八角形で、柱と柱の間に帳をめぐらし、内部には椅子が置かれています。階段脇には左近の桜、右近の橘があり、様々な儀式が行われる前庭はとても白く、晴れた日は見ていてまぶしいくらいです。

紫宸殿南側に建つ承明門。扁額の文字が独特。

京都御所承明門紫宸殿を出ると、宜陽殿・春興殿を通り過ぎて、清涼殿に向かいます。清涼殿は御常御殿が建てられるまでの間は、天皇の居所兼執務所でしたが、住まいが御常御殿に移ってからは清涼殿でも儀式が執り行われるようになりました。元は天皇の寝起きの場所でしたので、その名残で建物内は紫宸殿よりは細かく仕切らています。中央の母屋には御帳台が置かれ、これは天皇の休息所でした。その東には天皇の執務所である2枚の畳を敷いた昼御座があります。見学コースからは、この御帳台と昼御座がうっすらと見えるだけで、他の夜御殿や鬼の間、台盤所、朝餉の間、御手水の間、御湯殿などは見る事は出来ません。

清涼殿の内部の様子はうっすらと分かるぐらい。

京都御所清涼殿清涼殿を出ると次に向かうのは小御所、御学問所になります。小御所は元服の儀式や天皇が将軍や諸侯との謁見に使用された御殿です。この入母屋檜皮葺の建物は平安時代には無かったもので、寛政2年の時に建てられましたが、昭和29年(1954年)に焼失し、その後昭和33年(1958年)にされました。御学問所も入母屋檜皮葺の建物です。この御殿はその名の通り天皇が学問を嗜むのに使われましたが、それ以外にも和歌の会なども催されたりもしました。迎春、御涼所、皇后御殿など一般の人は参観する事は出来ません。京都御所内は非常に整備されていて美しく、各建物の檜皮も傷みが少なくよく手入れがされているのが分かります。

中山邸跡は京都市民でも知る人が少ない。

京都御所中山邸跡京都御所を出て北に歩くと『中山邸跡』があります。これは明治天皇の生誕の地とされています。門の前には立て札があり、次の内容が書かれています。『幕末期の公家大納言山中忠能(ただやす)の邸宅で、その娘権典侍慶子(ごんてんじよしこ)を母として一八五二(嘉永五年)、祐宮(さちのみや・後の明治天皇)が誕生しました。敷地内にはそのうぶ屋が遺っています。祐宮はここで四年間養育されたといわれています。敷地内の井戸は、祐宮二歳の夏、干天で井戸が枯れたため、新たに掘られたともいい、その名に因んで祐井(さちのい)と名付けられたといいます。』孝明天皇の子供である明治天皇は、4歳になるまでは幾度も高熱を発し、生死の境を漂うことがあり、何度も天皇をハラハラさせましたが、御所に移ってからはたくましく成長しました。御所で出産しなかったのは、この頃はまだ出産が『穢れ』の対象にされていたため、天皇の子供でさえも御所内では出産することは出来ませんでした。この中山邸跡があるのは、京都市民でも知っている人は少なく、中に入ることは出来ませんが、御所を訪れた際にはご覧になる事をお薦めします。

京都御所へのアクセス

〒602-0881  京都市上京区京都御苑3

TEL (075)841-0096  : FAX (075)802-6181

市営地下鉄烏丸線「丸太町駅」下車 : 徒歩1分

駐車場  : 御苑東側の清和院御門と、西側の中立売御門の2ヶ所の駐車場があります。

利用時間

  ・清和院駐車場(東:乗用車80台)8:40~20:00(20:00以降閉鎖)

  ・中立売駐車場(西:バス20台、乗用車250台)7:40~19:40(出場は24時間可)

その他詳しくはホームページをご覧下さい。

ホームページ  : http://www.env.go.jp/garden/kyotogyoen/

参考文献  : 丸山宏・伊從勉・高木博志編 : みやこの近代 : 思文閣出版刊

御所周辺の観光・宿泊

観光地: 京都国際マンガミュージアム 二条城 百万遍 下鴨神社

宿泊施設: 京都ブライトンホテル 京都全日空ホテル ホテルハーヴェスト京都 京都ガーデンパレス 宿屋西陣荘