]
洛南/京都駅・東寺周辺

東西本願寺

強い影響力の本願

東本願寺は京都市下京区烏丸通り七条上るにある真宗大谷派の本山。正式名称は真宗本廟(1987年までは「本願寺」が正式名称でした)。西本願寺は京都市下京区堀川通り花屋町下るにある浄土真宗本願寺派の本山。正式の寺号は本願寺。本願寺の本願とは、宗祖親鸞が大乗仏教の大乗教典の「阿弥陀経」を宗派の根本教典として、阿弥陀仏を唯一的存在と考えて、その本質を光明としてとらえました。そしてこの「光明」は天地をあまねく照らし、その意思(本願)は、念仏を唱えた人は漏れなく救って浄土に導いてくれる、そういう考えから来ています。

西本願寺御影堂

西本願寺の御影堂は一度も倒壊・焼失していない

本願寺の歴史

親鸞(1173 - 1263)を祀って京都東山に建立された大谷廟堂を起源とします。親鸞は、鎌倉時代初期に登場した僧で、法然(浄土宗開祖)を師と仰いでからの生涯に渡り、「真の宗教である浄土宗の教え」を継承し、さらに高めて行く事に力を注ぎました。自らが開宗する意志は無かったと伝えられています。独自の寺院を持つ事は無く、各地につつましい念仏道場を設けて布教に努めていました。本願寺は、親鸞の末娘覚信尼が1272年(文永9年)に、現在の東山区林下町(知恩院三門北の崇泰院あたり)に大谷廟堂に親鸞の影像安置して造営、これが後に親鸞の曾孫である覚如の時代から、本願寺と呼ばれるようになりました。8世蓮如は宗門を大いに盛り立てましたが、その言動から他の宗門から反発が激しく、比叡山延暦寺を強く刺激し、大谷本願寺は、比叡山の僧兵によって破却されました。蓮如は越前吉崎に移り、布教に努めます。しかしここでも争いがあり1480年(文明12年)、京都山科に本願寺を再建しました。しかし1532年(天文元年)、同寺も日蓮宗徒らによって焼討ちされたため、かつてから布教に当たっていた大坂石山本願寺を本寺にしました。寺は現在の大阪城あたりにあり、徐々に寺域を広げて寺内町を形成していきます。

西本願寺阿弥陀堂門

西本願寺の阿弥陀堂門は優美な曲線をしている

1499年(明応8年)春、蓮如の病状悪化し、亡くなります。その後跡を継いだ顕如(父)と教如(息子)の時代に本願寺の教勢は大いに発展し、日本有数の大教団として、また一個の強力な社会的勢力としての地位を得ます。そのことが戦国期に天下統一を目指す織田信長と衝突を起こします。信長は一大勢力である浄土真宗門徒の本拠地であり、西国への要衝でもあった石山からの退去を命じたことを起因に、1570年(元亀元年)から11年間に及ぶ石山合戦が始まることになりました。合戦当初、顕如は教如とともに信長と徹底抗戦しますが、1580年(天正8年)、勅命で信長と和睦します。しかし和睦する以前から、信長との講和を支持する勢力(顕如派)と、徹底抗戦を主張する勢力(教如派)とに内部紛争が起こります。この教団の内部紛争が、後の東西分派の遠因となります。その後各地に移転を繰り返し、1591年(天正19年)に豊臣秀吉から京都堀川通六条に広大な地を寄進され、寺は大谷本願寺が破却されて以来127年ぶりに親鸞の本廟のある京都に再び京都に寺地を得ます。このとき秀吉からは移転には経費もかさむから、今後三年間各方面への時節の贈物を中止するよう言い渡されたと言われています。

東本願寺御影堂

東本願寺御影堂は威容を誇る

その翌年、顕如は50歳で急死、長男教如が継職します。しかし、顕如の妻、如春尼らが教如の本願寺住職相続に異議を唱えます。この紛争に秀吉が介入します。大坂城に教如を呼び査問の結果、教如は隠居、弟の准如が本願寺住職と裁定されました。しかし教如は本願寺内において隠居し「裏方」と呼ばれましたが、隠然たる力をもっていました。1600年(慶長5年)の関ケ原の合戦に際し、教如は徳川方に加担します。その結果、1602年(慶長7年)に教如は家康より烏丸通七条に広大な土地の寄進を受け、12世として東本願寺を別立しました。東西分派という大事件は、門徒や末寺に衝撃を与えました。この分裂に至った経緯の過程には、本願寺の影響力が強大になりすぎたため、それを嫌った徳川家康が影で対立を煽って、わざと分裂させ教団の力を減衰させた、との説があります。家康が三河国の領主に過ぎなかった頃、西三河全域で起こった三河一向一揆の鎮圧に手を焼いた記憶が鮮明に残っていて、親子の対立に乗じてそのようにしたのかもしれません。こうして本願寺は対立・分裂をしたまま、現在に至ります。幕末になり、徳川政権の末期症状が明らかになってくると、倒幕運動に結びついて西本願寺は維新側に付きます。関ケ原敗戦後の苦い記憶を呼びさますように、吉田松陰に共鳴した僧月性、高杉晋作の指揮下に投じた大洲鉄然など、いずれも西派の末寺僧でした。禁門の変で敗退した長州兵は西本願寺に匿われたりしました。対する東本願寺は王政復古が成功しても、なお日和見を続けていました。

東本願寺の散策

東本願寺阿弥陀堂

東本願寺の阿弥陀堂。本尊を安置している

東本願寺の正面入り口に当たる御影堂門は鳥丸通に面しています。東本願寺を訪れて最初に受ける印象は、「威容を誇る」です。京都には知恩院や南禅寺など、威容を誇る山門や本堂が数多くありますが、その中でも東本願寺の御影堂門と御影堂は抜きん出ていると感じられます。参拝に訪れて御影堂門の前に立つと、迫ってくるような迫力に圧倒されます。単に大門とも呼ばれこともあります。御影堂門の楼上には釈迦如来、阿難尊者、弥勒菩薩像が安置されていますが、現在は登ることはできません。重厚な雰囲気の建物で、西本願寺の阿弥陀堂門とは雰囲気が違います。門の前で足を止め、暫く見上げてから門をくぐると、広い境内に現れるのは御影堂です。これほど大きな堂を建立するには相当な資財が必要だと感じますが、それを可能にした真宗門徒の信仰心の篤さが伝わってきます。これは建てられた時代によるものと思われます。西本願寺が安土・桃山時代の建立に対し、東本願寺が江戸時代になってから建立で、両者の違いが出ています。安土・桃山期の代表的な寺として東山の高台寺などがありますが、これらの寺の特徴として優美な曲線を持っているのに対して、江戸期に建てられた寺の代表的な物に、知恩院がありますが、ここは東本願寺のように直線的で豪奢な雰囲気の建物になっています。

東本願寺御影堂門

東本願寺の御影堂門は迫力ある姿をしている

御影堂の左手にある阿弥陀堂は、御影堂よりもやや小さいですが、それでも京都市内の他の寺院の本堂より、大きいと感じます。一般的な寺院の場合、寺域の中に本堂の他に法堂や方丈・講堂があったり、周囲に塔頭があったりします。しかし本願寺の場合、東も西も本堂に当たる御影堂と阿弥陀堂があるぐらいで、後めぼしい建物は書院があるぐらいです。京都市内の多くの寺院の場合、寺の維持費をまかなう為に拝観料を取ってお堂の内部や庭園を拝観させますが、本願寺では東も西もそういったことはしません。本願寺の場合、全国に末寺が多数あり、それらから寄せられる寄進で寺が維持できているのだと思います。門をくぐると、御影堂が迎えてくれます。御影堂は重層入母屋造本瓦葺、正面76m、側面58m、高さ38mにもなる建物です。内陣、外陣合わせて927畳敷で、堂内のケヤキ柱は90本もあります。これは奈良の東大寺と並ぶ、世界最大級の木造建築物です。堂内に入って見入ったのは、明治の時にあった再建時に、女性門徒が毛髪を切って作った毛綱で、信仰心の強さを感じさせられました。

西本願寺の散策

西本願寺御影堂

西本願寺の御影堂は優しい雰囲気がある

西本願寺は堀川花屋町の阿弥陀堂門から入ります。阿弥陀堂門は唐門の様式を持った雰囲気で、優美な曲線が特徴です。門を潜ると阿弥陀堂があります。阿弥陀堂は寺の本堂で1760年(宝暦10年)の再建された建物で、堂内に本尊阿弥陀如来や、聖徳太子などの画像が安置されています。阿弥陀堂の南には御影堂があります。宗祖親鸞聖人像を安置し、大師堂とも呼ばれています。西本願寺の御影堂は東本願寺のに較べると、少し大きさが控えめです。屋根の勾配も緩く、その分見ている側も穏やかな気持ちになります。御影堂の前には「水吹きイチョウ」と呼ばれる推定樹齢350年の銀杏があります。1788年(天明8年)の大火や、1864年(元治元年)の禁門の変(蛤御門の変)の兵火の際に、このイチョウが水を吹き出し、諸掌を火災から守った言われ、この木は西本願寺の七不思議の一つに数えられています。

西本願寺経蔵

経蔵は西本願寺にはあるが、東本願寺にはない

東本願寺になく、西本願寺にあるのが経蔵です。経蔵は天海僧正による『一切経(大蔵経)』を納めており、内部の八課型の堂が回転する構造になっている為、「転輪蔵」とも呼ばれています。一切経は第十三代良如上人の時に江戸幕府から購入しました。その後、寂如上人染筆による「転輪蔵」の扁額が掲げられています。

東本願寺のアクセス

〒600-8505  京都市下京区烏丸通七条上る

TEL (075)371-9181

市営地下鉄烏丸線五条駅より徒歩3分

駐車場  なし

拝観時間  3月~10月  : 5:50~17:30  11月~2月  : 6:20~16:30

拝観料金  : 無料

詳しい内容は公式ホームページをご覧下さい

東本願寺のホームページ  : http://www.higashihonganji.or.jp/

西本願寺のアクセス

〒600-8501  京都市下京区堀川通花屋町下ル

TEL (075)371-5181

市バス9番,28番,75番『西本願寺前』で下車

駐車場  あり

拝観時間  5:30~18:00

拝観料金  : 無料

詳しい内容は公式ホームページをご覧下さい

西本願寺のホームページ  : http://www.hongwanji.or.jp/

上記内容は2005年1月に取材したときのものです

周辺の観光・宿泊

観光地:    西本願寺  東本願寺  京都鉄道博物館  東寺  京都タワー

宿泊施設:  京都東急ホテル  ホテルグランヴィア京都  リーガロイヤルホテル京都  緑風荘  京の宿 洛兆