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京都の北西部は、現在は代表的な観光地である金閣寺があり、その北方はどちらかというと高級住宅街になります。自動車の流量も多く、観光シーズンには身動きが取りにくいこともあります。その中にある今宮神社は、大徳寺の背後にあり北区紫野今宮町に鎮座していて、祭神は大国主命・事代主命・稲田姫命、および傍らに素戔嗚尊命を祀られています。

 今宮神社の歴史

楼門は丹塗りが美しく、遠くからでもすぐにわかる。

今宮神社 楼門

紫野は往古の時代から天皇の遊猟の地で、平安京の洛外に位置し、荒涼としていて葬送の地でもありました。また、北に続く栗栖野とともに禁野に指定されました。万葉集に

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る

の歌がありますが、これは近江の蒲生野に於ける紫草園で詠まれた歌で、蒲生野も禁野でした。紫草は根が染料になり、干して軟膏を作り、火傷や湿疹の薬になりました。そしてその紫草を保護するのに野守を置いて監視させましたが、都の紫野に紫草が生えていたかは、定かではありません。標野(しめの)の”しめ” は、しめ縄のしめと同義で、しめのとは「占られている野」を言い、皇室や貴族が遊猟する禁野を指します。この歌は天智天皇が近江京を定めたときに、蒲生野を禁野にしたと推定され、天智天皇の寵愛を受けていたとされている、額田王が詠みました。

今宮神社 本殿

本殿はよく人の手が入っていて参拝していて清々しい。

山代の地に都が移ってから、各地から人々が往来し、都市生活が確立されるにつれて災厄や伝染病も多くなったので、民衆は自衛上、祇園の社(八坂神社)や神泉苑に疫神を祀って御霊会を営みました。当社もその一で、この地に今宮神社が創建されたのは、994年(正暦5年)に都に疫病が蔓延したときに、朝廷は木工寮修理職に下命して神輿をつくり、疫神を船岡山に祭って御霊会をおこない、終って難波の海に流したことが「日本紀略」に記されています。その後1001年(長保3年)に再び疫病が流行り、一条天皇は現在の地に神殿三宇を造営し、勅使を差遣わして東遊走馬を奉って、御霊会を営みました。これを今宮祭または柴野御霊会と言います。その後も都に疫病が蔓延する度に、御霊会は営まれました。それは都の戦乱中も途絶えることはなく、今日に至っています。徳川家五代将軍綱吉の生母桂昌院は当社への崇敬の念が篤く、 1694年(元禄7年)には荒廃していた社殿の造営などに務め、祭礼も往時のような盛況を取り戻したと伝えられています。本殿は明治35年の再建で、大己貴命(おおなむちのみこと)、事代主命(ことしろぬしのみこと)、奇稲田姫(くしなだひめ)を祀っています。その左にある摂社疫神社は本社遷座以前よりの鎮座といわれ、素戔嗚尊命を祀っています。以上の四神はいずれも出雲の神です。愛宕郡には出雲人たちが住んでいて、出雲郷と呼ばれていました。出雲郷と今宮神社とは距離的には比較的近く、今宮神社の創建には、出雲人が関わっていたのではないかと推測されています。楼門は大正15年に創建された、比較的新しい建造物です。末社織姫神社は氏子西陣の機業家が祀ったもので、萬幡豊秋津姫命を祭神としています。

  今宮神社の散策

疫神社は、本殿よりも少し小さい。

今宮神社 疫神社北大路今宮神社前の標識を北に向かうと、通りを入ったすぐに石造りの鳥居があり、この辺りから神社の神域であることを伺わせます。そこから歩いてしばらくすると、丹塗りの楼門が見えてきます。楼門は下鴨神社を思い起こさせる立派な作りで、今宮神社が紫野周辺の氏神様であることが、よくわかります。楼門を潜って、左手を見ると絵馬舎があります。絵馬はもともと神の使いである馬を奉納する代わりに、馬の絵を描いた板木を奉納したのが起こりですが、ここの絵馬舎は本来の馬を奉納された際に、その馬を繋ぎ止めて置いたのではないかと推測されるほどの、大きな絵馬舎です。軒には古びてはいますが、大きな絵馬が掲げてあり、薄くなった絵を眺めているのも楽しいです。絵馬舎を過ぎて目につくのが、拝殿です。拝殿は幅が3間ぐらいありそうな大きさで、祭りの際にはここで奉納の舞が披露されることもあり、舞殿の機能もあります。拝殿を過ぎると本殿と疫神社があります。先に述べたように本殿は明治35年の再建され、疫神社もその2年後に再建されています。どちらもよく手入れされていて、楼門同様屹立とした姿が印象的です。かつてはどちらも屋根は檜皮葺でしたが、近年銅葺きになりました。塀越しに本殿と疫神社を覗き見ましたが、狛犬が本殿と疫神社で姿が違っています。後で社務所の方に伺ってみましたが、何故違うのかはっきりしたことは分からないそうです。これは下鴨神社の本殿と仮殿もそうで、違う理由は分からないと言われました。

八社は、神様の長屋と言った感じ。

今宮神社 八社今宮神社には、様々な神社が習合されています。そのいくつかを紹介します。疫神社の左手にあるのが、織姫社で西陣織の祖神になっています。社の前には、左右に機織り機の横糸を通す駒がモニュメントのようにあり、織物関係の神社であるのが一目瞭然です。祭神の栲幡千幡姫(たくはたちぢひめ)は、往古に堀川近くの白雲村・村雲村が絹織物の産地で、織物の祖神として祀られていましたが、江戸期に入ってから、西陣の機業家により織姫社に祀られるようになりました。織姫社以外にも、幾つも末社があります。織姫社の南にあるのが八社で、ここには大国社・蛭子社・八幡社・熱田社・住吉社・香取社・鏡作社・諏訪社が祀られています。当然の事ながら、これらの本社は全国各地にありますが、本社から分祀されて紫野地域にありましたが、時代が経るにつれて荒廃していき、これらの社をまとめて祀られたのが、八社です。八社は見ていると何となく、長屋のよう雰囲気があり、神様も狭い部屋に住んで窮屈な思いをしている感じがしてなりません。他にも大将軍社、日吉社、稲荷社、月読社、宗像社が各地の本社から分祀されてあります。

「一和」と「かざりや」は、向かい合って店がある。

今宮神社 あぶり餅今宮神社で有名なのが、神社東門を出たところにある「一和」と「かざりや」のあぶり餅を食べさせてくれる店です。どちらの店も竹串に餅を突き刺して炭火で焙り、味噌を付けて出してくれます。それぞれの店の暖簾に、「総本家」・「元祖」と書いてあり、どちらの店も古くからありますが、今でもライバル意識は相当で、前を通るとそれぞれの店の店員から大きな客引きの声が掛かります。どちらの店も綺麗にされていて、駐車場もあります。休日には途切れることなくお客さんがいて、中には遠方からあぶり餅を目当てに来られる方もいるようです。味はあぶった餅に、甘みを付けた味噌を塗っただけのシンプルなもので、神社を散策した後に一休みをするときのお茶請けとしては、最適かもしれません。

今宮神社へのアクセス

〒603-8243  京都市北区紫野今宮町21

TEL (075)491-0082

京都市市バス「船岡山」下車、北へ徒歩約7分。

駐車場  : 有り(普通乗用車)

拝観時間  : 境内自由

その他詳しくはホームページをご覧下さい。

ホームページ  : http://imamiyajinja.org

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