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上賀茂神社細殿

賀茂社が都に存在していた意義は大きい。

 上賀茂神社の歴史

賀茂神社の正式名称は『賀茂別雷神社』で、主祭神は賀茂別雷大神です。創建については諸説ありますが、社伝では、本殿北北西にある神山に降臨し、神武天皇の御代(678年)に賀茂山の麓の御阿礼所に賀茂別雷命が鎮座したと伝えられています。『山城国風土記』逸文では、玉依日売が加茂川の川上から流れてきた丹塗矢を床に置いたところ懐妊し、それで生まれたのが賀茂別雷命で、兄玉依日古の子孫である賀茂県主の一族がこれを奉斎したと伝えられています。丹塗矢の正体は、乙訓神社の火雷神とも大山咋神ともいいます。玉依日売とその父の賀茂建角身命は下鴨神社に祀られています。本来、雷神を祀ることから、農作に水を給する農耕神であったとされています。

上賀茂神社一の鳥居

上賀茂神社の境内前にある一の鳥居。境内は非常に広い。

神社の鎮座する辺りは、もとは愛宕郡上賀茂村と称する集落で、賀茂建角身命を祖とする豪族、賀茂一族の居住地。もとは上賀茂神社が親社でしたが、奈良時代の後期に朝廷から分社を命じられ、下鴨神社が成立します。そうして天平神護準元年(765年)に、下鴨神社に神戸二十戸が与えられ、朝廷の「大神社」の地位が授けられます。大同2年(807年)には最高位である正一位の神階を受け、賀茂祭は勅祭となりました。延喜式神名帳では名神大社に列し、名神祭・月次祭・相嘗祭・新嘗祭の各祭の幣帛に預ると記載されています。弘仁元年(810年)以降約400年にわたって、伊勢神宮の斎宮にならった斎院が置かれ、皇女が斎王として奉仕しました。それらの内容は『下鴨神社』のページで紹介していますので、そちらをご覧下さい。また賀茂社の由来は『鴨川』のページに書いてありますので、そちらをご覧下さい。

葵祭の時にはここで斎王代が禊ぎの儀式をする。

上賀茂神社御手洗川明治の近代社格制度でも、官幣大社の筆頭という、伊勢神宮の次位の神社とされ、明治16年には勅祭社に定められました。明治維新前の神域は、西は加茂川、東は深泥池の民家、北は鞍馬街道、南は賀茂の民家に及びましたが、維新の際にこれらの境内地のすべてが一旦上地となりましたが、その内神社を中心とした平地とそれに接続する山林を境内地に編入されました。しかし第二次大戦後、神社後方の境内地がアメリカ駐留軍に、ゴルフ場として接収されてしまいました。そのゴルフ場は民営化された後、宗教目的外の土地として有償払い下げになり、神社所有地になりました。

上賀茂神社舞殿

舞殿では祭祀のときに神に歌舞音曲が奉納される。

上賀茂神社は白鳳6年(678年)に遙祭殿として造営され、現在のように本殿化するのは平安時代からです。現在の本殿は文久3年(1863年)孝明天皇による造替で、三間流造り正面両脇の嵌板には獅子狛犬が描かれています。横に並ぶ権殿と共に、国宝に指定されています。他の祝詞舎、透廊などはおおむね寛永5年(1628年)再建で、重要文化財に指定されています。賀茂社の社殿は神山に向かって祭祀を行うように配置されています。参拝者も楼門または中門まで参拝すれば、透廊を通して神山を拝む事が出来ます。

  上賀茂神社の散策

境内では競馬神事などが行われる。普段は立ち入り禁止。

上賀茂神社境内一の鳥居を潜ると一面芝生の明く大きな境内があり、ここの大きさは76万平方メートル(23万坪)になり、他に広大な境内を持つ神社はありません。下鴨神社の南側には糺の森があって、鬱蒼としているのに対して、上賀茂神社はこの芝生のせいで、かなり開放感に溢れた感じがします。境内には御物忌川(おものいかわ)と、御手洗川と合流して「なら(楢)の小川」となり、境外に流れ明神川となります。二ノ鳥居を過ぎると正面に細殿があります。細殿の前には立砂があります。これは神体山としての神山を模した物で、上賀茂神社という建造物が出来るまでは、この立砂が神寄り代になっていました。

上賀茂神社立砂細殿を過ぎて玉橋の右手に片岡社があります。一般的にはあまり知られていないこの片岡社は、上賀茂神社にある摂社の中では非常に重要な神社で、賀茂祭(葵祭)はここへ祝詞をあげるためのお祭であると言っても過言ではありません。御所を出た勅使が下鴨神社を経て上賀茂神社に到着した後、片岡社に祀られている玉寄日売命に奉幣することが、賀茂祭の本義になります。ここは天正19年(1591年)に正一位に奉ぜられています。物忌川と御手洗川が合流する地点の北側に本殿と権殿があります。権殿とは社殿を造営の時に御霊代を一時奉安するときの仮殿です。本殿と権殿の中央線の延長線上にご神体山としての神山がありますが、上賀茂神社をお参りすること、即ち神山に参拝する事になります。神山は神社の北2kmほどのところにあります。かつては本殿から神山を望む事が出来ましたが、現在は木が生い茂り、見る事は出来ませんが、社務所当たりからはわずかに見る事が出来ます。

料理屋などの軒先で見られる盛り塩はこの立砂が原型。

上賀茂神社片岡社上賀茂神社は下鴨神社に比べて、どことなく控えめな感じがします。楼門は下鴨神社のと比べて小さいように感じます。舞殿もそのように感じます(実際の大きさの比較をした事がありませんが)。これは立地している地域的な背景も影響しているのかもしれません。境内のどこの建物もそうなのですが、屋根の檜皮の傷みがひどく、説明によると式年遷宮まではこのままのようです。上賀茂神社は境内を参拝するのは無料ですが、有料(500円)で拝観料を払うと本殿と権殿を拝観する事が出来ます。本殿と権殿は国宝なので、写真撮影をする事は許されていません。これらの羽目板には狛犬と獅子が色鮮やかに描かれていますが、下鴨神社の本殿にある狛犬と獅子像に比べると、やはり控えめな印象があります。この拝観には神職の方が簡単な解説をしてくれます。この説明がとても丁寧で分かりやすく、こちらの不躾な質問にも、丁寧に答えて下さいました。

片岡社は上賀茂神社の第一摂社で、天正19年には正一位を奉じられてる。

上賀茂社へのアクセス

〒603-8047  京都市北区上賀茂本山339

TEL (075) 781-0011

京都市バス「上賀茂神社前」下車徒歩すぐ。

駐車場  : 有料駐車場有

拝観時間  境内は拝観自由

その他詳しくはホームページをご覧下さい。

ホームページ  : http://www.kamigamojinja.jp/

参考文献  : 森浩一著 : 京都の歴史を足元からさぐる 洛北・上京・山科の巻 : 学生社刊

岡田精司著 : 京の社―神と仏の千三百年 : 塙書房刊

建内光儀著 : 上賀茂神社 : 学生社刊

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宿泊施設: ホテル然林房 京都ブライトンホテル グランドプリンスホテル京都