妙顕寺

日蓮宗最初の道場

妙顕寺は堀川寺之内通を東に入り、新町西入ル北側にあります。「寺之内」という通り名を見ても分かるように、この界隈には紹介しきれないほど多数の寺院があります。しかもそれらの寺院は寺域が広く、妙顕寺同様、日蓮宗を宗旨としたお寺が多いのが特徴です。また、妙顕寺の目の前には裏千家今日庵や表千家不審庵があり、茶道に関する店舗や関連施設が目に付きます。

妙顕寺本堂

本堂の屋根の勾配がきつく、圧迫感がある

妙顕寺の歴史

妙顕寺の山号は具足山と号し、日蓮宗四大本山の一つです。妙覚・立木・妙蓮・本隆寺などは、いずれも当寺より分出しています。妙顕寺を創建したのは日像で、寺伝によると1282年(弘安5年)に日蓮入滅の際、枕頭で京都で布教するよう託されました。そして1294年(永仁2年)に入洛し、布教活動を始めました。やがて信徒を会得し始めると、叡山などから迫害を受け、日像は幾度も洛外追放の憂き目に遭います。しかし日像は根気強く布教を続け、1321年(元亨元年)に京都に於ける日蓮宗最初の道場として創建したのが妙顕寺です。

妙顕寺三菩薩堂

三菩薩堂は本堂に比べて威圧感がない

1334年(建武元年)には、後醍醐天皇より法華宗弘通の綸旨をうけ、勅願寺となり、京都の十六本山を総統しました。創建当初は四条大宮にありましたが、幾たびの法難と災禍により、幾度も寺地を変えることがありましたが、現在の地に移転したのは、秀吉が1588年(天正16年)に都を大改造した際に移転を命ぜられたときのものです。現在残っている堂宇は、天明の大火に遭った後に再建されたものです。

妙顕寺の散策

妙顕寺勅使門

勅使門の築地塀は少し傷んでいる

南面した山門の柱は太く、力強い印象を受けます。山門の右側の柱には寺号が掲げられ、左側の柱には「門下唯一勅願寺」と掲げられ、法華宗弘通の綸旨をうけ、勅願寺となったことが誇らしげに輝いています。山門を潜ると、長い参道があり、その奥に大きな本堂があります。本堂は十五間あり、屋根は急勾配で迫ってくる印象を受け、前に拡がる広い境内と相まって、迫力を感じます。法華宗は京都の町衆と強い結びつきがあり、財力のある町衆が喜捨を競い、大きな堂塔伽藍を建立する源となっています。その為妙顕寺だけでなく、日蓮の教えを受け継ぐ寺院は伝統的に力強い印象を持つ本堂があります。本堂右手には、三菩薩堂があります。三菩薩堂には日蓮・日像・日像の師である日朗の菩薩像を安置しています。

妙顕寺光琳曲水の庭

光琳曲水の庭もよく手入れが行き届いている

本堂を見学するには、受付である庫裏に入り、見学コースを廻ることで拝観することが出来ます。受付で拝観料を支払い、見学コースに従って書院を歩いて行くと、最初に目にするのは「孟宗竹の壷庭」です。その名の通り、広さ十畳ほどの坪庭に孟宗竹が植栽されています。次に目にするのは「光琳曲水の庭」です。これは法華宗の信者であった尾形光琳の絵図になぞらえたものです。庭には赤松と黒松がそれぞれ1本づつあり、結構な樹齢を重ねています。庭の造りもなかなか見事で、しばらく見入っていました。書院から渡り廊下を歩いて行くと本殿に入れます。本殿には、日蓮上人念持仏という黄金釈迦如来像を本尊とし、天井には多くの家紋が描かれています。十五間という本堂を外から見ると圧倒されますが、中に入ると本尊と諸仏が中心部に集まっていて、空間が広く取ってあります。一般拝観者は見学することは出来ませんが、寺には日蓮自筆とつたえる燭台蜀錦の曼荼羅をはじめ、紙本墨書「後小松天皇宸翰御消息」二幅等があり、多くの寺宝を竜華文庫として所蔵されています。

アクセス

〒602-0005  京都市上京区妙顕寺前町514

TEL (075)414-0808

京都市地下鉄「鞍馬口駅」1番出口徒歩9分

駐車場  : あり

拝観時間  : 境内自由

拝観料  : 通常 500円  特別拝観 800円

詳しい内容は公式ホームページをご覧下さい

妙顕寺のホームページ  : https://www.shikaishodo-myokenji.org

上記内容は2019年3月に取材したときのものです

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