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廬山寺は上京区寺町広小路上ル北之辺町にあります。京都御苑の東、寺町通りに面しています。寺院としてはさほど大きくありませんが、紫式部の邸宅があった場所として有名です。

 廬山寺の歴史

廬山寺大師堂

大師堂はさほど大きくないが、江戸時代に建てられた他の寺院同様、屋根が直線的で堂々としている

廬山寺は円浄宗の本山で、寺号は詳しくは廬山天台講寺と称します。寺伝には天慶年中に良源(元三大師)の創建と伝えられますが、定かではありません。もと船岡山の南、廬山寺通りにあって、比叡山延暦寺の中興の祖である良源(元三大師、慈恵大師)により天慶元年(938年)に京都の北山に創建し、与願金剛院と称していました。寛元の頃に法然の弟子である覚揄が再興し、中国の廬山にならって蓮社を結びました。それにより、廬山天台講寺と号しましたが、応仁の乱により焼亡してしまいます。その後天正年間に現在の地に移りました。

廬山寺元三大師

赤い帽子と涎掛けが何ともかわいらしい

現在の堂宇は天明の大火後の再建で、現在の堂宇は1794年(寛政6年)の再建になります。本堂には本尊である阿弥陀如来像を安置し、大師堂には元三大師を始め、不動明王・金山毘沙門天像を安置し、脇壇には薬師如来及び明智光秀の念持仏と伝える地蔵像などを安置します。また、九條兼実の懇請により念仏の要義を述べた「撰拓本願念仏集」を始め、後伏見帝御願文一巻等、多くの寺宝を有します。明治維新までは宮中の仏事を司る寺院が四ヶ寺あり、廬山寺はその中の一つでした。しかし維新後、廃仏毀釈により天台宗預かりとなりましたが、明治天皇の勅命により廬山寺のみが復興されました。1965年(昭和40年)に考古学歴史学者者角田文衞により、紫式部邸跡とされました。

  廬山寺の散策

源氏庭は平安朝の庭園の「感」を表現したもので、白砂と苔の庭

廬山寺源氏庭廬山寺の山門は大きくないので、注意深く探さないと見落としてしまいそうです。山門を潜り、目に入るのが大師堂です。大師堂が出来たのは天明大火の後なので、江戸期になります。江戸期に出来たにも関わらず、威圧的な感じを受けることはありません。大師堂の中は暗く、目を凝らしても不動明王などの姿を確認することは出来ませんでした。大師堂の右手には本堂があります。本堂の中に入るには拝観料が必要です。中にはいると、本堂そのものを拝観できる他に、展示物として「源氏物語」に関するものが多くあります。廬山寺がある場所はなんでも、「源氏物語」の作者、紫式部の邸宅があった場所だそうで、本堂を拝観していると、廬山寺という寺院を見学しているのか、源氏物語の勉強をしているのか、分からなくなってきます。廬山寺は古くから皇室との関わりが深く、天皇や皇后、親王などのお墓があります。それらは本堂の裏手にあります。

廬山寺へのアクセス

〒602-0844  京都市上京区寺町通広小路上ル北之辺町397

TEL (075)231-0355

京都市バス「府立病院前」下車 : 徒歩5分

駐車場  : なし

その他詳しくはホームページをご覧下さい。

ホームページ  : http://www7a.biglobe.ne.jp/~rozanji

上記記事の内容は2017年3月に取材したときの内容に基づいています

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