晴明神社

阿倍神道開祖

晴明神社は堀川今出川を南に100メートルほど行き、少し西に入ったところにあります。かつては京都市民でも訪れる人は少なかったのですが、夢枕獏が安倍晴明を主人公とした小説や、オリンピックで羽生結弦が陰陽師を題材とした曲で金メダルを取ったことから、それを目当てにした観光客が押し寄せるようになりました。

晴明神社本殿

晴明神社の本殿は唐門の様式がある

晴明神社の歴史

晴明神社は平安時代中期の陰陽家安倍晴明を祭神とし、倉稲魂命を合祀しています。晴明は天文学に通じ、歴算・ト占・推歩の術をきわめ、一条天皇の御代に天文博士となりました。出自は安倍益材又は安倍春材の子とされていますが、はっきりしません。別の説では阿倍仲麻呂の子孫とするのもあります。晴明が頭角を現したのは遅く、948年(天暦2年)に大舎人になったのは、28歳の時です。その後天文得業生であった40歳のとき、村上天皇に占いを命ぜられました。天文博士になったのは50歳の時です。

晴明神社鳥居

鳥居の扁額には神社名でなく、呪符が印されている

花山天皇や一条天皇から親任を受けるようになります。花山天皇が密かに宮中を逃れ出て山科花山の元慶寺で出家されたとき、彼は自宅にあって天の星座の急変を知り、天子位を去るの象であると急ぎ参内してこれを伝えたといわれています。また、一条天皇が病に伏せった際、晴明が禊ぎを行ったところ、病が癒えて、晴明は正五位上に叙されました。また職神(式神)を自由に駆使して人を驚かせるなど、とかく伝説的な話がすこぶる多く、真実かどうかよく分からない点が多い人物です。1005年(寛弘2年)に七十四歳で没しました。阿倍神道は朝廷の庇護をうけ、その子孫はながく栄えました。晴明神社は彼の屋敷跡に建てられたと伝えられています。

晴明神社の散策

千利休石碑

神社の前にはここに千利休の屋敷があったことを伝える石碑がある

晴明神社の神域は広くありません。堀川通りに面して鳥居があり、鳥居を潜って進むと、本殿以下拝殿・社務所等があり、本殿の前には晴明井なる井戸があります。本殿はこじんまりとして、屋根は片流れの神社形式です。また社務所の屋根には星を象った瓦を用いていますが、これは陰陽道で用いる呪符といわれています。本殿の屋根は銅葺きで、神域の地面は砂地に見せかけたコンクリート敷きになっています。本殿左手には小さな土産物屋があります。京都市民にとって晴明神社は方位の神様で、新築の鬼門の魔除けとして晴明神社のお札を貰ったりしていました。しかし昨今は京都市民よりも観光客が参詣に訪れることが多く、取材に訪れたときも朝早くにもかかわらず、多くの観光客がいました。清掃がしやすい砂地に見せかけたコンクリート敷きや、観光客目当ての土産物屋など、神社としてこれでいいのかと考えますが、神社を維持管理していくのには他に道がないのかもしれません。

アクセス

〒602-8222 京都市上京区晴明町806

TEL (075)441-6460

京都市バス「一条戻橋・晴明神社前」下車徒歩2分

駐車場  なし

拝観時間  : 9:00〜17:30

詳しい内容は公式ホームページをご覧下さい

ホームページ  : https://www.seimeijinja.jp

上記内容は2019年5月に取材したときのものです

周辺の観光・宿泊

観光地:    西陣  北野天満宮  千本釈迦堂  相国寺  船岡山  釘抜地蔵  妙顕寺