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下鴨神社楼門

下鴨神社の楼門。丹塗りが目に鮮やかで聳える感じがする。

 下鴨神社の歴史

下鴨神社の正式名称は『賀茂御祖神社』で、主祭神は玉依姫命と賀茂建角身命です。上賀茂神社と下鴨神社の両社は元は一つの神社でした。始めは上賀茂神社が本社でしたが、奈良時代に分社しました。賀茂社の由来は『鴨川』に書きましたので、そちらをご覧下さい。ここでは由来以降のことから書きます。賀茂社について最古の記録は、『続日本紀』の698年(文武天皇二年)三月条や702年(大宝二年)四月条に、山城国の賀茂の祭りの日に、見物人がたくさん集まって、武器を持ったり馬上で弓を射たりして人々が祭りに参加しているので、警備するように、またそれを朝廷がそれを禁止するように命令したことが、記されています。このことから、奈良時代より前から存在していたことがわかります。朝廷が禁止した理由は、民衆が武器を持ったり馬上で弓を射たりしたことに、朝廷が脅威を感じていたのでしょう。

下鴨神社糺の森

糺の森を抜ける参道。鬱蒼とした雰囲気は喧噪を忘れる。

脅威を感じていた朝廷は、賀茂社と賀茂県主家とを分断しようとします。そうしたことにより、奈良時代の後期に、下鴨神社が成立します。そうして765年(天平神護準元年)に、下鴨神社に神戸二十戸が与えられ、朝廷の「大神社」の地位が授けられます。賀茂神社は、都の地主神・守護神として朝廷の祭祀を担いました。嵯峨天皇は、819年(弘仁10年)に賀茂の祭りを伊勢神宮の祭祀と同格にしました。このあと、賀茂神社の祭祀は、朝廷の最高神として扱れました。国家祭祀の対象として、一貫して下・上両社を一体に扱ったのが特徴です。こうして賀茂社は朝廷から手厚い保護を受けます。賀茂社は現在の上賀茂神社が先にありましたが、今は下鴨神社が『賀茂御祖神社』と言われる通り、親社になっていているので、勅使が参拝するのは、下鴨神社に行ってからその後に上賀茂神社に向かいます。昔から、両社を著すときには、「賀茂下上二社」とし、必ず下上と記述するのが慣例です。

糺の森で見かけた朽ちた神木。
朽ちた切り株に銅板が掛けてあり、
自然に対する愛情が感じられた。

下鴨神社切り株賀茂社というと「葵祭」を思い浮かべる人が多いことでしょう。正式には「賀茂祭」といいます。これについては詳しいサイトがありますので、そちらをご覧下さい。この祭りのシンボルとして、神前や参列者に葵の葉を飾るので、「葵祭」の俗称がありますが、これは江戸時代から言い出されました。この葵祭は基本的には五穀豊穣のお祭りなのですが、子孫繁栄を願ったお祭りでもあります。これは葵の葉が女性の下半身を表し、それを身につけて大切にすることからも分かります。下鴨神社には、『糺の森』という有名な神域がありますが、明治維新後に新政府に多くの土地を接収されて、神域はかなり縮小されました。上賀茂神社にも本殿の北に鬱蒼とした森がありましたが、第二次大戦後に米軍に接収され、米軍用のゴルフ場になってしまいました。現在では京都ゴルフ場神上賀茂コースになっています。糺の森では、夏には納涼古本市が開かれたり、その他の団体が行事に使ったりして、京都市民にとって緑溢れた憩いの場になっています。

  下鴨神社の散策

奈良の小川では賀茂祭のとき斎王代が禊ぎをおこなう。

下鴨神社瀬見の小川下鴨神社に参拝するには、糺の森を抜けて行くか、下鴨本通りから入っていくか、どちらかです。糺の森は下鴨神社の社叢とも言える存在で、出来れば糺の森を抜けて行かれる事をお薦めします。森の中央を道沿いに瀬見の小川と泉川が流れていて、ここは『源氏物語』にも登場するところです。参道を歩いていくと、神木がありますが、それらは柵が設けてあり、また注連縄が巻かれていて、大切にされています。立ち枯れた神木の切り株には、銅板が覆っていて、雨水が入り込まないようにしてあり、その様子に守っている方の愛情が感じられました。神社に入る手前の東側に奈良の小川があります。ここは賀茂祭の斎王代が禊ぎの儀式のときに使われるところです。

舞殿では賀茂祭のとき勅使が御祭文を奏上され東游が奉納される。

下鴨神社舞殿神社の鳥居をくぐると見えてくるのが、舞殿と神服殿です。「舞殿」は下鴨神社境内の中央に位置します。葵祭の時天皇の勅使が御祭文を奏上され東游が奉納される場所です。下社にあって上社にないのが舞殿で、上社にない理由は分かりません。下社の舞殿は大変立派な物で、他の神社の舞殿に比べて一回り大きいです。寛永5年に造替されています。「橋殿」は御蔭祭のとき、御神宝を奉安する御殿です。9月のお月見の時には名月管絃祭、お正月の神事では神事芸能が奉納される社殿です。どちらも重要文化財に指定されています。それを過ぎると本殿があります。下鴨神社の本殿は西本殿と東本殿があり、西本殿には賀茂建角身命が、東本殿には玉依姫命が祀られています。

本殿は国宝で特別な許可がないと入れない。

下鴨神社本殿本殿の様式は『流れ造』で、近畿地方の神社建築ではもっとも一般的な形式です。『流れ造』正面側の軒下が伸びていて、これは神事を軒下で行う必要あるので、生まれた建築様式です。亀腹の上に井桁を組んだ木枠の上に乗っていて、幕末の孝明天皇の賀茂行幸1863年(文久三年)に合わせて造替されたもので、国宝に指定されています。本殿は国宝に指定されているので、普段は近くで見学する事は出来ませんが、特別拝観の時に見る事が出来ますので、ホームページなどで確認をして行かれてはどうでしょうか。幣殿は、1628年(寛永5年)に造替されました。入母屋造りですが、中央軒部分が唐破風になっています。賀茂社では祝詞屋なども一部に唐破風が用いられていますが、これは他ではあまり見かけられないことで、珍しい物です。幣殿は重要文化財に指定されています。賀茂下上二社の神域は、それぞれよく似通っていますが、受ける印象は大きく違ってきます。これは建物が配置されている位置が、異なっているのがその要因だと思われます。

下鴨神社へのアクセス

〒606-0807  京都市左京区下鴨泉川町59

TEL (075)781ー0100

京都市バス「下鴨神社前」下車徒歩すぐ。

駐車場  : 自家用車  : 30分毎100円

拝観時間  境内は拝観自由

その他詳しくはホームページをご覧下さい。

ホームページ  : http://www.shimogamo-jinja.or.jp/

参考文献  : 森浩一著 : 京都の歴史を足元からさぐる 洛北・上京・山科の巻 : 学生社刊

岡田精司著 : 京の社―神と仏の千三百年 : 塙書房刊

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観光地: 上賀茂神社 大徳寺

宿泊施設: ホテル然林房 京都ブライトンホテル グランドプリンスホテル京都