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太秦標識

『太秦』という地名の由来は幾つか説がある。

    太秦の歴史

京都には、読むのに一苦労する地名が、少なくありません。その代表的な地名に『太秦』があります。30年ほど前に、この地に映画会社の東映が映画のテーマパークを造ってから、京都以外の方でも読めるようになりましたが、それまでは『ふとやす』に行くには、どうやっていったらいいんですか、と聞かれる観光客の方が、少なくありませんでした。

太秦広隆寺太秦広隆寺はこの地の発展と切り離せない。

『太秦』を『ウズマサ』と読ませるようになったのには、幾つか説があります。それらの説の中の一つをご紹介します。この地名はもともと『うづまさ』という地名が先にあり、その後で『太秦』の文字が無理矢理当てられたのです。ウヅマサのウヅは古代は言葉を濁させずに、ウツと発音していました。これに漢字を当てると、宜津となり、この場合『宜』の文字の意味は現在では『良い』と同じ意味になり、『津』は現在の都市名と同様に、水辺に近い土地を指します。『マサ』に古代の漢字を当てると、『坐』になり、これは高貴な人が住んでいるときの敬語になります。そうすると現代語に直訳すると、「水辺に近い高貴な方が住んでいるところ」となり、この時の『津』は大堰川のことで、高貴な方とは、平安京以前からこの地を切り開いた秦氏を指します。その後平安京になり、朝廷が秦氏をたたえるのに、この地に秦氏の氏名(うじな)を与えました。『太』の文字は、大の字が二つ重ね合わされた(大大)文字で、秦氏をたたえるのにただ氏名を当てるだけでなく、その上に『太』の文字をあてて、その功績を讃えて、土地の名前にしたのです。

太秦映画村太秦映画村は観光客の流れを一変させた。

このときの秦氏は特に秦造河勝を指します。河勝は聖徳太子の諸大夫の一人になるほどの、奈良時代から有力な権力者として歴史上に登場します。聖徳太子が厩戸皇子として有力者になったときには、河勝はすでに太秦地域を支配していました。その後二人は知遇を得て、大きく成長します。『日本書紀』には聖徳太子が諸大夫に「私は尊き仏像を持っているが、誰かこの仏像を引き取って拝んでほしい。」と言ったところ、河勝が「私が引き取って拝みましょう。」と言い、蜂岡寺を建立して、安置しました。蜂岡寺は現在の広隆寺に当たるという説がありますが、異論もあります。いずれにしても秦氏一族は現在の嵐山から太秦地域を支配していて、大堰川の整備や寺院の建立などを進めた氏族です。

  太秦の散策
太秦 大映通り看板

大映通りの入り口にはこんな看板が掛かっている。

太秦を散策するには、京福電鉄嵐山線「太秦広隆寺駅」を下車するのがいいでしょう。駅を降りると目の前にあるのが、広隆寺です。本尊は当初は薬師如来像でしたが、聖徳太子との結びつきが深いことから、太子が本尊に変わりました。広隆寺の山門から北東に向かう道があります。この道を歩いていくと、東映太秦映画村があります。これは昭和50年(1975年)に映画会社の東映が斜陽傾向だった映画収入を補うために、京都撮影所のオープンセットの維持を画して、その一部を新設子会社の「(株)東映京都スタジオ」に移管して、映画専門のテーマパークとして開業しました。しかし当時は全国各地に遊園地はありましたが、テーマパークという概念の娯楽施設は珍しく、経営が成り立つのか疑問視されていましたが、修学旅行者などが大挙して訪れて大盛況になりました。

太秦牧野省三顕彰碑牧野省三は日本映画の父。

現在でも時代劇の殺陣ショーや俳優のトークショー・撮影会・握手会などのほか、スーパー戦隊シリーズや仮面ライダー等のキャラクターショー、殺陣講座などの体験企画なども行なわれていて、子供からお年寄りまで大勢の観光客が訪れています。今度は広隆寺の山門から南西方向に向かうと、大映通り商店街の看板が目に入ります。京都には古くから日本の映画撮影のメッカで、今もテレビの時代劇の多くは、京都の撮影所で作られています。かつてここには日本の映画会社の大映京都撮影所がありましたが、 大映通りの名前の由来となった大映撮影所はなくなってしまいました。しかし今では大映通りを少しはずれたところに東映京都撮影所と松竹撮影所があります。 大映通りの道路は映画フィルムの模様になっていて、商店街の街灯は映画カメラのデザインになっています。撮影所近くの喫茶店やパチンコ屋さんに入ると、丁髷姿の役者さんが食事をしたり、パチンコをしていたりする風景が見られて、とても不思議な感じがします。通りを散策していると、他にも映画にまつわる物を発見します。左の写真は牧野省三を顕彰する碑です。牧野は日本映画の創世記に活躍した人で、その偉大な功績と同じように、顕彰碑も大きな物です。また、近くには撮影所に勤めている方もいて、京都の映画産業には切り離せない場所です。

太秦へのアクセス

京福電鉄太秦広隆寺駅下車徒歩約1分

ホームページ  : http://kinemastreet.com

上記URLは大映通り商店街のホームページです。

ホームページ  : http://www.toei-eigamura.com

上記URLは東映太秦映画村のホームページです。

参考文献 : 森 浩一著 : 京都の歴史を足元からさぐる―嵯峨・嵐山・花園・松尾の巻

太秦周辺の観光

観光地:嵐山金閣寺妙心寺龍安寺仁和寺広隆寺